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スポーツ  5,000名以上に及ぶ登録講師陣の一例

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二宮清純(にのみや せいじゅん)
《スポーツジャーナリスト》

スポーツジャーナリスト
(株)スポーツコミュニケーションズ代表

1960年 愛媛県八幡浜市生まれ。
八幡浜高校を経て、日本大学商学部卒業。
スポーツ紙や流通紙の記者を経て、フリーのスポーツジャーナリストとして1987年に独立。
オリンピック・サッカーW杯・メジャーリーグ・ボクシング世界戦など国内外で幅広い取材活動を展開。
テレビのスポーツニュースや報道番組のコメンテーター、講演活動と幅広く活動中。
テレビ・ラジオのドキュメンタリー番組の構成も手掛け、1996年「野茂&ラモスのドリームトーク」(ニッポン放送)構成で、すぐれた放送作品に贈られるギャラクシー賞優秀賞を受賞。
1999年6月より、インターネット・マガジン「Sports Communications」を開始。
現在、株式会社スポーツコミュニケーションズ代表取締役。
ジャーナリストとして活躍する一方、「地域」と「住民」を主体としたスポーツクラブづくりにも取り組んでいる。

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【主な著書】
「勝ち方の美学」(講談社)
「奇跡のリーダーシップ」(小学館)
「夢と闘争ー野茂英雄の反骨人生」(ザ・マサダ)
「スポーツ名勝負物語」(講談社現代新書)
「Do or Dieースポーツは誰のものか?21世紀への提言集」(KSS出版)
「最強のプロ野球論」(講談社現代新書)
「1ミリの大河~新スポーツ論」(マガジンハウス)
「600字の風景」(光進社)
「勝者の思考法」(PHP新書)
など多数

【講演テーマ】
『勝者の思考法』

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西本聖(にしもと たかし)
《プロ野球解説者》

1956年 愛媛県松山市生まれ。
1975年 ドラフト外で読売巨人軍入団、2年目から一軍入り。
1977年 大洋(現横浜ベイスターズ)戦でプロ入り初勝利。
1981年 18勝を上げ、沢村賞。
1985年 江川卓選手とともに巨人軍投手陣の二本柱として
      活躍。
      85年から6連続2ケタ白星を上げ、84年から7年連続
      ダイヤモンドクラブ賞を受賞。
      ドラフト外史上、3人目の100勝達成。
1988年 中日ドラゴンズへ移籍。
1989年 20勝を上げ、最多勝、カンバック賞、
      ダイヤモンドクラブ賞を受賞。
1990年 ドラフト外史上、初の150勝達成。
1991年 椎間板ヘルニア除去手術を受け、成功。
1992年 オリックスブルーウェーブへ移籍。
1994年 長島監督の元でのプレーを熱望し、
      再びテスト生として巨人へ入団。
      結局、1軍のマウンドには立てなかったが、
      その野球に賭けるひたむきな姿は多くの人に
      感銘を与えた。同年引退。
      通算 165勝128敗17セーブ 防御率3.20
      日本シリーズ29イニング無失点
2003年 阪神タイガース投手コーチとして優勝に貢献。

現在、日刊スポーツ評論家、文化放送解説者、野球教室、講演会講師。

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【講演テーマ】
『ライバルを作って自分を活かす ~私の野球人生~』
『限りなき挑戦 ~プロ野球人生を振り返って~』
『君は今、何をすべきか ~ドラフト外選手の挑戦~』
『燃え尽きるまで投げたかった』

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豊田泰光(とよだやすみつ)
《プロ野球解説者》

1935年2月茨木県生まれ。
1952年、水戸商遊撃手として甲子園に出場し、開会式で選手宣誓。
翌年、西鉄ライオンズに入団し、新人王に。
1956年から西鉄の3年連続日本一に貢献し、首位打者やシリーズMVPなど数々のタイトルに輝く。
1969年に現役引退。
現役時代は「サムライ豊田」とあだ名され、チャンスにめっぽう強い打者として多くのファンを惹きつけた。
近鉄のコーチを経験後、1972年から論評活動に入り、現在は文化放送プロ野球解説者。
野球界のご意見番として健筆を揮い、日本経済新聞、週刊ベースボールの連載コラムは長寿を誇る。

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※オールスター選手10回 平均打率3割2分1厘
※日本シリーズ通算打率3割6分2厘
※日本野球連盟名誉会員
※いばらぎ大使
※水戸大使
※野球解説者(文化放送)
※評論活動(スポーツニッポンベースボールマガジン日本経済新聞)

【主な著書】
「風雲録西鉄ライオンズ栄光と週末」
「オレが許さん!」
「サムライたちのプロ野球」

【講演テーマ】
『勝利の条件』

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佐々木則夫(ささきのりお)
《なでしこジャパン監督》

1976年 インターハイ全国優勝(帝京高校3年)
1981年 NTT関東サッカー部 全国社会人大会 優勝
1986年 全国社会人地域大会 優勝 ⇒ JSL2部昇格
1996年 ~1998年NTT関東サッカー部監督
      (1998は大宮アルディージャ)
1999年 大宮アルディージャ 強化普及部長
2001年 ナショナルトレセンコーチ
2004年 ~2006年1月大宮アルディージャユースチーム監督
2006年 なでしこジャパン(日本女子代表)コーチ及び
      U-15/U-16日本女子代表監督
2007年 なでしこジャパンコーチ及びU-19日本女子代表監督
2008年 なでしこジャパン監督及びU-20日本女子代表監督

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1958年生まれ。山形県出身、埼玉県在住。小4からサッカーを始める。74年帝京高校入学。76年インターハイ全国優勝。77年明治大学入学。81年日本電信電話公社入社。90年選手引退後、NTT関東サッカー部(現・大宮アルディージャ)コーチへ。98年監督。99年から強化普及部長を務め、04年よりユースの監督。06年なでしこジャパンのコーチに就任し、08年からは監督を務める。09年なでしこジャパン監督続投、2012年ロンドンオリンピックを目指す。U-19女子日本代表監督も兼任する。

【講演テーマ】
『なでしこジャパンはいかに北京で戦ったか』
『なでしこジャパン北京オリンピックでの躍進』

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芝田山康(しばたやまやすし)
《芝田山親方》

昭和57年春場所新十両、同58年春場所新入幕。
新入幕の年の九州場所で、北の湖・千代の富士・隆の里の三横綱を倒す大活躍。
翌年の春場所では、三横綱三大関を総なめにし、殊勲賞・敢闘賞を受賞。
同60年名古屋場所後大関昇進、同62年夏場所で全勝の初優勝を果たした。

昭和62年秋場所後に横綱推挙。
翌年春場所で二回目の優勝。同年九州場所の“昭和最後の一番”で千代の富士の53連勝に土をつけた。

平成3年名古屋場所、28歳で引退。現役名で年寄となり、のち「芝田山」を襲名。
平成11年6月に満を持して芝田山部屋を開き、現在親方として弟子育成に奮闘する傍ら、
角界きっての甘党美食家として、テレビ東京系『元祖!でぶや』等でも活躍中

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【講演テーマ】
『若者に伝えたい 辛抱・努力・根気』
『大相撲の今と昔』