
ふくだ友子(ふくだ ともこ)
《人材育成アドバイザー》
大阪生まれ。
(株)東芝に勤務後、心理学、カウンセリングを学ぶ。
各界の先達に師事すると共に、ジョン・ロバート・パワーズスクールにて、欧米式マナーと人間魅力学を習得。ビジネスコンサルタント会社を経て、1988年 企業研修講師として独立。
短期大学、日経ビジネススクール講師を歴任。各企業、官公庁、商工会議所、病院、商店、学校、PTA、各種団体など全国各地で研修・セミナー・講演に携わる。研修風景は、NHKをはじめ衛星放送でも放映。テレビ・ラジオにゲスト出演。雑誌・新聞などのメディアからも注目されている。
2009年、全国の講演・研修へさらなる対応のため、拠点を東京に移す。
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【主な著書】
『人生を好転させる魔法の言葉』(PHP研究所)
『面白い話にはワケがある』(PHP研究所)
【講演テーマ】
『すべては発想の転換から』
『人生は目配り、気配り、心配り』
『新時代を生き抜くリーダーとは?』
『表現力の豊かさで魅力アップ!』
『前ハート&後ハートでお客様ハートをキャッチ』
『個人を磨けば組織が輝く』
『プラス言葉が生みだす人生の好循環』
『共に語り共に考えより素晴らしく』
『「子育て」で本当に大切にしたいこと』
『親子関係を好転させる魔法の言葉』
『安全は三配りで』
『定年後のイキイキ人生』
『シルバー社会はゴールド時代』
『キラリと光る自分らしさを!』
『素敵な自分との出会い』
『子育ては自分育て』
『イメージアップで好感度100%』 など

山田隆夫(やまだ たかお)
《タレント・落語家》
1956年(昭和31年)8月23日東京都深川生まれ。
10歳でNHKより子役デビュー。
13歳でNTV「笑点ちびっこ大喜利」に出演。
17歳で「ずうとるび」を結成し、リーダーとして作詞作曲を手がける。1975年NHK「紅白歌合戦」に出場。
1984年「笑点」にレギュラー出演。座布団マンとして親しまれ、老若男女を問わず全国的なファンをもつ。
2001年に久々のレコード「なぜか埼玉・幸せのザブトン」を発表。
五代目鈴々舎馬風に師事し、高座名「鈴々舎鈴丸」としても活躍中。
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【講演テーマ】
『笑いと健康』
『笑街楽集』
『スマイルをあなたに』

春風亭小朝(しゅんぷうていこあさ)
《落語家》
1955年(昭和30年)3月6日 東京駒込生まれ
1970年(昭和45年)、春風亭柳朝に入門、1980年(昭和55年)25才で真打昇進。
落語家以外にもドラマ、クラシック音楽、ジャズと様々な活動を展開している。
年間200回を超える独演会、講演会を行い、特に歌舞伎座3夜連続、銀座博品間劇場30日間連続独演会、その他新橋演舞場、京都南座と大劇場での公演を多く企画する。
1997年(平成9年)10月11日には落語界初の日本武道館での独演会を開催。超満員のお客様を集め、大作を2席口演し大好評を博す。
2001年(平成13年)4月に、日生劇場の3日間連続講演で山田五十鈴と初共演をはたし、各方面から絶賛される。
2003年(平成15年)6月、新宿コマ劇場の「恋や恋浮かれ死神」では落語家初の座長公演を行う。
また、同年2月に笑福亭鶴瓶、林家正蔵、春風亭昇太、立川志の輔、柳家花緑と落語ユニット「六人の会」を結成し、落語界の活性化と落語の普及のために活動の場を広げている。活動の主なものとして、2004年(平成16年)より7月の3日間、落語家が所属する各団体、一門を超えて参加する、落語界始まって以来のイベントである<大銀座落語祭>を銀座で開催する。
東西の落語家、色物、お笑い芸人が200名以上出演し、3回目の昨年は35,000人の落語ファンを集めた。2007年(平成19年)は更にスケールアップし7月12日~16日までの5日間、11会場で開催した。銀座の夏の風物詩ともなりつつある。
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【主な著書】
メッセージ集『たのしか』(ダイヤモンド社)
『「書」を書く愉しみ』(光文社新書)
『書愉道』(池田書店)
『ひらく言葉』(河出書房新社)
『しょぼん』『書本』(池田書店)
【講演テーマ】
『文字の力、言葉の力、生きる力』

白石真澄(しらいし ますみ)
《関西大学政策創造学部教授》
1958年 大阪生まれ。
1987年 関西大学大学院工学研究科建築計画学修士課程
修了。
(株)西部百貨店に入社。ロフトのプロジェクト室で
主に店舗開発に従事する。
1989年 (株)ニッセイ基礎研究社に入社。
社会研究部の主任研究員として、少子・高齢化、
バリアフリーを中心に調査・研究に取り組む。
2002年 東洋大学経済学部社会システム学科 助教授就任。
首都圏第三空港調査検討会(国土交通省)、
沖縄振興開発審議会(内閣府)、
社会資本整備審議会、
交通政策審議会(国土交通省)などの公職も務める。
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【主な著書】
「バリアフリーのまちづくり」(日本経済新聞社)
「福祉の仕事」(共著、日経事業出版)
「新世代の都市計画」(共著、ぎょうせい)
「少子社会への11人の提言」(共著、ぎょうせい)
「ソーシャル・ガバナンス-新しい分権・市民社会の構図」(共著、東洋経済新報社)
「都市観光でまちづくり」(編者、学芸出版)
「社会経済システムとその変革」(共著、NTT出版)
「新しい自治体の設計4」(共著、有斐閣)
【講演テーマ】
『日本の健康の鍵は農山漁村が握る』
『白石真澄流すっぴんお仕事術』
『少子高齢化をどう生きる』

池田智鏡(いけだ ちきょう)
《日陽山毘沙門天天台宗普光寺住職》
1944年北九州市生まれ。
高校を卒業後に就職し、22歳で結婚。その後離婚する。
輸入雑貨卸業の会社を10年間経営し、その後37歳の時に真言宗毘沙門天総本山信貴山で得度。北九州市普光寺別院『毘沙門堂』の復興に携わる。その後、真言宗から天台宗に転派し、日陽山毘沙門天普光寺の住職となる。琵琶演奏を交えた講演やエイズ撲滅等の活動に取り組んでいる。
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27歳の頃までは「我がままで自分勝手」な女性だった。姉夫婦が経営する会社に勤めるも、28歳の時に会社が倒産。家族で何億もの借金を抱える地獄に陥る。
その後離婚を経験し、30歳で輸入雑貨卸業の会社を立ち上げ、次々と事業拡大を行うも、やがて借金が5000万円にまで膨れ上がってしまう。足元を固めずに、事業欲と焦りが生んだ結果となった。
借金返済の為、本業の他に保険会社と化粧品会社を掛け持ちし、睡眠時間3時間でがむしゃらに働いた。
カリカリしている日々の中、仕事関係の人がふらりとやってきてある言葉を残していった。 「俺が俺がの我(が)を捨てて、お陰お陰の下(げ)で生きる」。このたった一言が胸に突き刺さった。「思わず号泣したんです。『神仏拝むなら我拝め』と言っていた私が、自然に手を合わせるようになり、頭を下げることができるようになったんですよ」。そして借金の苦しみのなか得度する。37歳の時だった。
【講演テーマ】
『人間力を磨く』
『琵琶で奏でる女の半生』
『人生に無駄な事は何ひとつない』
『おれがおれがの「我」を捨てて、おかげおかげの「下(げ)」で生きる!』

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